僕のうつ病闘病日記

うつ病を機に人生を変える行動をはじめませんか。

うつ病の経験を機に人生を変える行動をはじめませんか。

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前回の記事(自分を変える自己分析のやり方【体験談】)が簡潔すぎたので、もう少し詳細に書いていこうかなと思います。具体的に自分の使っていたノートを参考に説明していきます。


自己分析をする目的は主に二つ。

・ストレスになっている原因を突き止める
・考え方の癖を直すための前段階


自己分析の観点は三つでした。

・自分の性格から深掘りする
・休職・退職理由から深掘りする(ストレスの感じた場面)
・生い立ちから深掘りする


分析の基本はなぜなぜ分析とジョハリの窓だと思います。

なぜなぜ分析とは、ある問題とその問題に対する対策に関して、その問題を引き起こした要因を提示し、さらにその要因を引き起こした要因を提示することを繰り返すことにより、その問題への対策の効果を検証する手段である。

 
ジョハリの窓
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◆「自分の性格」から深掘りするには?

最初のほうのページは、「自分の性格」「自分の趣味」など大雑把なテーマについて自己分析をしていたみたいです。その性格の強みと弱み、弱味に対する対応を書いていたみたいです。

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しかし、実際に書きづらかったのを覚えていますし、分析までできていないようでした。自分の性格について、七個ほど書かれているのですが、「結局はどうしてそのような性格になったのか?」が大事で、分析の過程を経て「隠れていた自分」を知ることで納得していく作業というか。

自分のなかで消化できていない部分があるからモヤモヤするわけでそのモヤモヤの正体を知り納得をすることでストレスを軽減できると思うんです。

また、「隠れていた自分」を知ることで自分の考え方を知り問題がある場合はその癖を直す。

もちろん、いま知ってる自分を整理することも大事ですが、そういうのって大体、姓名占いとか生年月日占いとかで出てきますよね(笑) 僕は大体当たってることが多いので、そっちに任せます。

ここでベンチャーマネジメント社の自己分析を紹介させてください

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ここの会社の自己分析は有料3300円で普段の自分とストレス時の自分を分析してくれます。(ウェクスラー心理検査とかよりは安いですね。オンライン完結なので簡単です。)

それぞれの項目の傾向とかをグラフなどで表してくれるのですが、「情緒的感受性が高いのに感情的温かさが低い」という珍しい結果が出ました。

自己分析結果を素人が見てもよくわからないので、僕は病院のカウンセラーさんと一緒にやりましたが、「情緒的感受性が高いのに感情的温かさが低い」という点にカウンセラーさんが着目したんですね。

一言でいうと「自分の感情に素直になれてない」。

結論的にこれが大きなストレスだったんですね。

ここでカウンセリング中に「素直とは何か」を宿題として課せられます。

僕はどちらかというと論理的に行動するタイプで、感情的に動く人が嫌いでした。とくに父親がそのタイプでよく喧嘩をしていたのでそう思っていたのでしょう。

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それに出来事→認知→感情という流れで自分の気持ちがあるわけですが、状況に応じてどのような感情が適切なのか、考える癖があったんですね。つまり二次感情があり、一次感情を抑制していたんです。抑圧です。

いわゆる、優等生タイプ…。

僕を含め、八方美人の人はこういうロジックなんだだと思います。

「素直とは」というところから掘り下げていっていろいろ調べていくと、「雰囲気や場の空気に合わせて多彩なキャラを内面から作っている」ことがわかりました。

そういえば昔、上司から「お前にはATフィールドを感じるんだよね」と言われていたのを思い出しました。
ATフィールドとは新世紀ヱヴァンゲリヲンで登場する防御バリア

結局は、アイデンティティーが確立していない。

外的な自分しか出していないから理解されずフラストレーションが溜まっていたんですかね。



◆休職・退職理由から考え方の癖を変える練習

次にあったのは休職・退職理由についてのページ。現場に対しての不満も書かれていました。

自己分析で大事なのはなぜなぜ分析を通してどのような思考をしていたのかを探ることです。

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僕は新卒を退職後、転職するも休職し退職したという経緯があります。なので両方分析をしています。

退職について3つほど理由が書かれていました。まあざっくりいうと人間関係について書かれていました。

ここではどちらかというと、思考の分析をした上で考え方の癖を直そうといているようでした(認知再構成)。

例えば、当時は企画営業をしていたのですが、初対面の人に対しての営業の場面で「相手はめんどくさいと思っているんだろうなあ」と自分のなかで思いながら仕事をしていました。

これを一次認知として、申し訳ないという不安な感情がありました。

この状況を振り返ってみると、「相手は忙しいからしょうがない」「いま考えるべきことではないかもしれないが、一時間後、一日後、一週間後に考えてくれるかもしれない」という認知もありえます。

その認知のもとに出てくるのは、納得した上で仕事している自分です。あくまで相手のためにやっているんだという、納得した感情と不安な感情とではストレスの度合いが違います。

このような過去を分析するプロセスを経て、実際の場面でも同じような思考をするように考え方の癖を変えていくんですね。


◆生い立ちから「甘え」を知る

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この観点はカウンセラーさんと一緒にやったので、一人でやるのは難しいのかもしれません。

僕の生い立ちは話すと長くなるので割愛しますが、(こちらに少し書きました。)

端的にいうと、幼少期に甘え足りなかったんですね。

甘えられないから両親の顔色を伺い好かれるようにした結果、過剰に適応するようになってしまったんです。(過剰適応)

まあ完璧主義や八方美人の状態ですね。

この状態を改善するために、カウンセラーさんから「とにかく甘えてみてください。誰でもいいです。」と甘えることを宿題とされました。

あっ、甘えることって誰でもいいんですね。

甘えるというのは、「相手に行動を求めるのが当然の権利で、相手が行動することが義務だと思うこと」なので、別に両親じゃなくてもいいんですね。友人でもありです。

なので、僕は特に友人に甘えてみました。

その頃、いろいろと遊んでくれる友人がいたので、その人に甘えて自分のやりたいことをたくさんやったんですよね。もちろん、持ちつ持たれつの関係で、相手のしたいことも実現する。

「前回君の希望を叶えたから今度は僕の番ね?」
これって十分な甘えだと思うんです。

この経験を通して、すごく気持ちが楽になったというか。自己肯定感が上がった気がしますね。とにかく充実してました。

友人には本当に感謝してます。



過去のノートを広げながら遡ってみたらすごく長くなってしまいました。

最後に自己分析をするうえで気を付けたいこととしては、一人でやる必要はないってことですね。行き詰まったらカウンセラーさんや友人を頼ってみてください。

新しい自分を見つけて、楽になりましょう。

イエス!ストレスフリー!




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こんにちは。

うつ病を罹患する前、僕はPTSDも患ってました。
その理由は家族の自殺です。
うつ病のトラウマとPTSDのトラウマについて違いを話していきたいと思います。

時系列的にPTSDが先なのでPTSDから話しますね。

PTSDのトラウマは抗うつ剤で治った

家族が自殺したのは僕が高校一年生のころで、同級生には誰にも言えないし、大人をそこまで信頼できない、どう信頼してよいかわからないという状況でした。それが三年間続きました。

なので一人でどんどん抱え込んでしまい、大学生になってからは高校のことがトラウマで仕方ありませんでした。もちろん、高校の友達とは疎遠になり、自ら縁を切っていっていました。

大学一年生で心理学を受講し、「あ、これってPTSDなんだ」と気づき、大学の友達にも「お前PTSDじゃね?」と言われていました。

フラッシュバックがすごかったんですね。家でかなり取り乱すこともありました。Twitterも荒れ荒れですね笑

それでもまあ病院にいくほど勇気も出ず、まあ面倒だったからなのでしょうが後回しになっていました。

でも、大学ニ年生の冬、突如身体が動かなくなったんですね。脱力してしまって力が入らなくなったんです。ずっと家で寝たきり。半月くらい寝てやっとよくなって。

とにかく動悸と胸痛がひどかったので循環器科や神経内科、総合診療科などを受診するも異常は見つからず。除外診断的に心療内科へ。

そこでPTSDの診断をもらいました。(前からわかってたやん)

結果的に、家族の自殺と高校のトラウマは抗うつ剤で良くなりました

いまならふつうに高校の話も、家族の亡くなったことも難なく話せます。
もちろん、亡くなった当日のことを思い出すと、すごく悲しいですけどね。


うつ病のトラウマは深層心理の奥底

トラウマというと基本的にはPTSDなのですが、うつ病の人からもよく「◯◯がトラウマ」と聞きます。特定の事実・出来事というより抽象的なことが多い気がします。例えば「初対面の人がトラウマ」「仕事がトラウマ」「電話がトラウマ」など。

僕の場合は一時的に「上司が怖い」「会社に行きたくない」「仕事したくない」というトラウマが強かったです。

経験的にいうとPTSDの場合、トラウマでフラッシュバックするのが典型的でしたね。僕はいまあった出来事のように泣いたり、胸が苦しくなって胸が痛くなって、この痛みから解放されるのなら死のうと思うほどツラかったです。とにかく胸が痛い!(物理的に)
あと時々くる波で、精神崩壊してました。Twitterは荒れに荒れて「あああああああああああああ」ともう言葉にならないんですね。
いま考えても、「早く病院行ったほうがいい」って思いますね…

一方、感覚的にうつ病で言うトラウマは、考えたり思い出すとすごく不安になる、不快になる、ネガティブなスイッチが入ってしまう、といったところでした。どちらかというと僕は不安症の側面が強かったですね。もちろん思い出して泣いたりはありましたが、PTSDほど取り乱したりはしなかったかな。

「上司が怖い」「会社に行きたくない」「仕事したくない」というトラウマをどうしたかというと、自己分析、カウンセリング、催眠療法で軽くしていきました。

僕の場合ですが、これらの根本って「完璧主義」なんですよね。

・失敗したら怒られるから上司が怖い(実際はたいして怒られない)
・仕事を完璧にこなせないから上司が怖い
・仕事がうまくいかないから会社に行きたくない
・分からないことが多くてつらいから仕事したくない

完璧主義は、成長の家庭での父親像が強いです。うろ覚えですみませんが、母は自らが生んだ子に無条件に愛を注げるが、父はこの言動にたいして子に愛を注ぐ。子を律するのが父親です。

僕も催眠療法をやってもらったとき、「父親に愛されたい」「父親に振り向いてもらいたい」そんな気持ちで惑わされている子供の自分に出会いました。とにかく父親にかまってほしかったのに、そうしてくれなかった。だから、「良い子」を演じ続けてきた結果、完璧主義になってしまったんですね。母親の場合もあると思います。

ここにフォーカスして、「大人になったいまから、親に甘えたかった自分を取り戻しにいく」作業をしました。行動としては甘えることをたくさんするということです。

まず、そもそも甘えるってなんだっけ?っていうところから本を読んだり自己分析をしました。

甘えるというのはつまり、「ある人にたいし、ある要求をしてもそれが自分の当然の権利として罪悪感や申し訳なさを感じない行為」のことです。

親に対してだとイメージするのが難しいのですが、契約社会でいうと貸し借りの関係ですね。あの人にたいしてはこれだけのツケがあるから、ご飯おごってもらおうとか。これも実は甘えで、友達にたいしても甘えられます。

親にたいしてはもちらん、養育してもらう権利です。愛情をもらう権利。

たくさん甘えることを通して、過去の自分を満たしていくんです。



カウンセリングや催眠療法はあくまで気付きを与える部分が強いです。なので実際に行動するのは自分。どんな行動をするかと言えば、いまから甘えれば良いんです。
(催眠療法では過去の自分にたいして“許す”行為もしますが割愛)

薬の力を借りながら、まずは自己分析からはじめてみてはいかがでしょうか。


僕が参考に読んでいた本はこちらです。愛読本です。

①自分に気づく心理学 著者加藤諦三

②愛するということ 著者エーリッヒ・フロム

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こんにちは。

正社員に再就職する前、アルバイトをしていました。

うつ症状が安定してからですが、再就職するにあたって労働訓練(労働の負荷に慣れること)をしておきたかったからです。

というより、僕は傷病手当てを途中からもらえなくなってしまったので、金銭的にやばかったから、というのもあります。
とはいえフルタイムで働くわけではないので収入は微々たるものですが…)

そこでどのようにアルバイトをしていたか、体調はどうだったのかお話したいと思います。


アルバイトの面接は病気のことを話さなくていい

僕はコンビニのバイトをしていました。理由としては以前にアルバイト経験があったので実務に慣れていること、イメージできたことですね。

本当は、社会人にもなってバイトができる機会なんてほぼないので、やりたいことを探そうかなと思い、カフェ店員やIT系のバイトとか探していたのですが家庭の事情でコンビニバイトになりました。

面接では会社をやめた理由は聞かれず「いま何をしているか」を聞かれたので取りたかった資格を取るつもりだと話しました。

バイトの面接だしと思い、病気については特に触れなかったですね。合わなかったら合わなかったで辞めるような気持ちでした。バイトなのでそれくらいでいいのかな?

コンビニ経験もあるしということですぐ採用されました。

カフェの面接を受けてたときは、最初は病気のことについて正直に答えていたのですが、「リハビリとしてはお店が忙しいから」という理由で不採用になっていました。

アルバイトなので、病気のことは言わなくていいかもしれません。

もちろん、お店が忙しいからリハビリには不適切、ということもあるかもしれませんが、アルバイトは気を張らずにそこが合わなければ辞めればいいだけのことなので。

可能であれば、もともと経験のあるアルバイトを受けるのがいいですね


コンビニバイトを週三日から始めたが、週二日に変更した

コンビニバイトに受かり、夕勤(17時~22時/5時間)二日と朝勤(6時~9時/3時間)一日の週三日で働き始めました。

週三日というのは金銭的にはかなりしんどいのですが、実家暮らしで親の理解もしっかり得ていたので体調を優先してこの頻度にしました。

体調としてははじめの一ヶ月はかなり緊張していて、始業から終業まで動悸が続く日もありました。接客業というのは人に見られる仕事なので、その点で緊張度が高いのかもしれません。仕事自体はすぐに慣れましたし、すぐ他の人に聞こう精神でやっていました笑

その後、お店の事情で夕勤一日・朝勤二日の週三日に、こちらの申し出で朝勤二日の週二日に変更になりました。

ニ、三ヶ月くらい経った頃に、夕勤だけなぜか体調が悪いことに気がつき、夕勤だけなくしてもらいました。その際は、病気のことを告白しいままでは安定していたことも付け加えて伝えました。金銭的なもんだいもあるので「体調が安定したらシフトを戻す」ということで週二日になったのです。(まあそのまま転職活動に突入して週二日のまま続けるのですが)

というのはまあ嘘半分で、週三日のバイトはわりと負担が大きかったのかもしれません。とくに夕勤は休む暇なくぶっ通し五時間なので、緊張の続く時間が長かったのではと思います。

適度な休みが大事なのにたいして、接客業であることと、接客のなかでメリハリをつけるのが僕は得意ではなかったんですね

週二日のシフトになってからはわりと気持ちも楽になり、始業から体調不良をおぼえるということも少なくなりました。自分のなかでは安定して働けていたなという印象がありますね。




結論として、うつ病からのアルバイトは体調の具合にももちろんよりますが、接客業としては週二日がちょうどよかったのではないかと思います

それでも、具合の悪い日は吐き気がひどかったり、始業直後に動悸がするといったことはあったので、長い目で見て続けられそうな場所でアルバイトをするのがいいと思います。

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こんにちは。2019年9月に正社員に再就職してはや半年というところです。

うつ病を経験し前職を退職後、2年の治療期間を経て社会復帰できた自分ですが、
実際どのような転職活動を経て、いまどんな会社にいるのかお話したいと思います。

まずはプロフィールですね。
参考記事:プロフィール


●1994年生まれの大卒26歳で男性。趣味は映画、生き物、卓球。
●法学部卒で中堅ベンチャーにシステムエンジニアで就職後、体調不良で退職。
●再就職するも3ヶ月で再び悪化し、うつ病と診断される。
●再び会社を退職し、肉体改造・体質改善など治療に専念する。
●地元でアルバイトの半年間を経て、再就職を機に上京。


転職活動は実際に就職する10ヶ月前くらいからはじめていました。面接をつけ始めたのは3か月前ですかね。

というのも、実家の自宅売買が重なったので長期戦となってしまいました。
とはいえ半年間はアルバイトしてるのですが)

なので、自分の場合は準備期間が異様に長かったと言えます。


長い準備期間でしていたこと

準備期間にしていたことは、

 ①自己アピールに使う資料の作成
 ②自己分析とキャリア設計
 ③アルバイトを通して労働の負荷に慣れる

ですね。

ずっと転職エージェントさんにお世話になっていて資料作成の添削もしてもらってました。
面接では体調不良のことを隠すつもりはなかったのでそのための資料なのですが、
資料の大枠はあくまで自分でつくっていました。
なのでエージェントさんのアドバイスは細かいところに限りますが、企業目線のアドバイスはすごく参考になりましたね。
月に一回面談にもいってました。すごく理解のあるかただったので、二人三脚でやっている安心感は心強かったですね。

面接練習は正直一回しかしなかったです(笑)「受け答えがしっかりしてるから◯◯さんなら大丈夫!」って言ってましたね…。もっとちゃんとしておけばよかった。意外と本番でぼろ出したりしてました(笑)

「しっかりしてる」と言われたのには訳があって、もちろん自己分析ですね。これはかなりやってたと思います。


なぜ退職せざるを得なかったのか」
なぜ前職の会社に入社したのか」
「自分の長所はなにか」
転職の軸はなにか」
「なぜ彼女ができないのか(※いまはいます)

などなど…

とにかくノートに書き出してました。ときにはカウンセラーのかたにカウンセリングしていただいたり。

精神疾患の原因は性格や考え方にあるとよく言われるので、転職に限らず、ここは念入りにしたほうが体調管理にもなると思います。人の手もしっかり活用しました。

どこかで触れたかもしれませんが、本当に多くの人にお世話になりました。転職エージェントのかた、カウンセラーさん、パーソナルトレーナーさん、看護師さんなど…

「一人で頑張る」のではなく「一緒に頑張る」のが長期戦には必要なのかもしれません。


面接で自己アピールの資料をつかう!

面接ではいかに体調不良について「どう克服したか」「再発防止にどう取り組んでるか」を説明する必要があったので、それを自己アピールに変えて資料を作りました。

実際、面接では自己アピールの資料は好印象でした。
基本的に「これ自分で作ったの?!」って言われました。
たぶん、資料作成能力や情報分析能力などをみて言っているんでしょうね。

面接で資料を出すと言うのは正直「邪道だな」と思っていましたが、
意外とみなさん読んでくれるのでよかったですね。
エージェントさんのアドバイスに従ってA3用紙一枚に収めたのがよかったのかもしれません。

もちろん、資料に従って口頭で説明しますが、これが意外と難しかったです。
プレゼン資料ではなくA3一枚なので、相手がどのところを読んでいるか分からないし細部ははしょってるので口で説明しないといけないんですね。

辛うじてプレゼンは好きだったので良かったのですが、面接でプレゼンをするって言うのは割りと大変かもしれないので、エージェントさんと練習したほうがいいかもしれませんね。
僕は、イメトレしかしてなかったので面接の回数を重ねて上達させました


比較的ホワイトな会社に入社できた理由

何十社もの書類選考をして、十何社かの面接を経て、4つ内定(内々定)をもらうことができました。
そのうち、3番目にもらった会社に入社したのですが、半年経ったいまでも「入ってよかったな」と実感します。

転職経験は二回目なのですが、正直前職はハズレでした。まあ細かいことは省略しますが(笑)

今回入社した会社は、創業20年、社員数は20名ほどの零細企業のIT企業ですが、業界にしては高水準の年収、残業代はみなし残業制度ではなく全額支給、そもそも平均残業時間が20時間以下。
IT業界によくあるエンジニア派遣の会社なのですが、個人個人ではなくチームで常駐するのでフォロー体制もある。
その他いろいろ、ここでは話せないホワイトなところがあります。つい先日も会社負担で社員旅行にいったところです。

いや、よかった!ほんとに入社できてよかった!

この会社に出会えた理由は、「平均残業20時間以下の会社」にこだわったから。あとは平行して選考を進め、内定をもらえていたからでしょうか。

残業の少ないところにこだわるとどうしてもイコール志望動機になってしまうんですよね。

でも、体調を崩した過去を明かしていることで立派な志望動機になっていました。

とかく、「長く社会で活躍したい!!」というのが自分の気持ちだったので、それには導入で残業が少ないことやフォロー体制が必要だったんですね。

「立ち上がりは申し訳ないですが迷惑かけます。でもゆくゆくは絶対活躍します!!」、だからいまは甘えさせてください(笑)。そんな気持ちが伝わったのでしょうか?長く活躍するために体調管理をしっかり努力していることが報われたのでしょう。

人事いわく、「こんなに病気をオープンにした人は君が初めてだ」と。それだけ、持病や病歴を隠して転職活動している人が多いということ、そして人事はそれに辟易しているということですね。

そういった観点からしても持病をオープンにしたのは正解でした。

そんな僕が利用した転職エージェントがこちら↓
20代に特化した就職・転職サービス【第二新卒エージェントneo】


就職のための上京、環境の変化をどう抑えるか

ただ、残業が少ないことやホワイト企業にこだわったことで、あと、どうしても企業数が絞られてしまいました。

結果的に地元では就職できず、上京というかたちに。


ところで、僕には彼女がいました。彼女もいろいろな事情を抱えており、一時的に僕の実家に居候をしてました。

さて、僕が就職を機に上京することになった場合、ちょっと語弊のある言い方ですが、彼女はどうしましょうか。
ドラマだったら、彼女は故郷に残り彼氏は都会へ、別れ離れになり10年後にーーみたいな感じですか。

僕が選んだ選択は、『同棲』です。

彼女のいろいろな事情がたまたま一致して、一緒に上京することになりました。
そうしたら、新生活という環境の変化をあまり感じなかったんです。
もともと彼女とは一緒に暮らしていたので、すごく新しい生活に慣れるのが楽だったんですよね。

まあもちろん、いろいろ喧嘩やらなんやらはありましたし、これからもたぶんあります。でも、僕には彼女が必要なんですね。

うつ病で体調を崩した人が、新しい会社に転職して、新しい土地で、新しい生活を営む、なんてハードルが高すぎるんです。

惚気なのかもしれませんが、二人だから乗り越えられた。

本当に人に助けられっぱなしの毎日です

うつ病はもしかしたら、人の大切さを知る機会を自分に与えているのかもしれない。そう感じざるを得ません。



そんなこんなで、これからも仕事と恋愛と、がんばっていきます!(笑)

お読みいただきありがとうございました。

また更新します。

こんにちは。久々の投稿になります。
あれから、転職活動をして社会復帰をしていました。

そこでしばらく転職活動について投稿したいと思います。
うつ病などの精神疾患の体調不良からの転職活動はいろいろ大変なので、
参考にしていただければと思います。


うつ病は再発との戦い

まず、大前提ですが、うつ病の症状がまだ落ち着いていない場合は転職活動も就職もするべきではありません。

「正社員にならなきゃ」と焦って就職をしても、無理が積み重なって結果的に病気が長引いたり職歴を汚してしまうだけです。
アルバイト程度にしたほうが仕事内容や責任度といった観点から見ても妥当だと思います。

うつ病は再発との戦いです。それは会社の人事もわかっていること。

転職活動にあたっては自分のためにも面接対策のためにも、再発防止をはかっており管理できていることが大事になります。

体調管理については別記事でいろいろ書いているので割愛しますが、ここを突破できていないと痛い目に合います。

十分にできていたつもりでも、体調を崩す時期があったのが自分です。ゴホン。


退職理由は素直に伝え、会社選びのポイントにする

体調を崩し退職した旨やパワハラになりうつ病を患った旨などは、可能な限り素直に伝えたほうが幸せでした。

以前の転職活動では、体調不良で会社を辞めたはずの退職理由にウソをつき入社しましたが、その後体調を崩し、痛い目を見ました。

まず、再発防止に十分な対策ができていなかった。

ゆえに、素直に体調不良で退職した旨を伝えても面接でうまく答えられないのでウソをついていた。
でもそれは自分にウソをついていたことに他ならず、体調管理を見て見ぬふりをしていたんですね。
だから、再び体調を崩してしまった。その結果、会社にウソがバレ、迷惑をかけてしまいました。
また、そのような病気に対して会社がどのような対応をとってくれるかも不透明でした。
もし、面接の場で素直に伝えていれば、応募する会社にメンタルヘルスケアに関する制度があるかやもし再発したときにどのようなフォローをしてくれるかしっかり分かった上で入社できていました。

結果的に僕は体調を崩してから会社の制度を知り、
休職の満3ヶ月をもって退職せざるを得なくなったわけです。

うつ病は3ヶ月では十分に治療できないですよね…

なので、退職理由は素直に伝えるべきです!

今回の転職活動では端から隠すつもりがなかったので、めちゃくちゃオープンにいきました。
なぜそこまでポジティブだったかはこちらのnoteに記載してあります。
外部リンク:うつ病でも内々定をゲットしたたった一枚の資料

退職理由をオープンにしたところで内定がたくさんもらえるわけではありません。

けっこう書類選考でも落とされますし面接でも落ちます。

でもそれって「うちの会社じゃフォローしきれない…(制度が整ってない)」ってことですよね?!
逆に変なところに就職せずに済んでよかった、と思います。

逆に内定が出るところは、「君ならうちでもやっていけるよ。なにかあったらフォローするから」と受け入れてくれている会社です。
面接のなかでも精神疾患に対して受容的だったり、入社後は徐々に業務量を増やすなど対処案を示してくれるところも少なくありません。

退職理由を素直に伝えることで、今の自分に合った会社が見つかります

なので、体調不良の過去もオープンにすべきです!


それに体調不良を乗り越えた過程はたったひとつの経験です。
これをアピールしないわけにはいきません、いや、僕の場合はそうでしたが、一概には言えませんよね。そりゃ、闘病はほんとにつらかったですから。


もしアピールしたいとしたなら、僕が体調不良の経験をアピールポイントして説明したときの資料がこちらにあるので、ぜひ確認してください!
→ うつ病でも内々定をゲットしたたった一枚の資料
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第二新卒の僕が利用した転職エージェントはこちら↓
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こんにちは。

症状が重くつらい時期にどのように過ごしてきたかお話したいと思います。

症状が一番重い極期として僕が苦しんだのは2017年11月から12月までの2か月。
また、精神的にしんどかったのは回復期の2018年1月から6月頃までの6か月です。

回復期のほうがしんどかったですね。

極期はとにかく動けない

11月はまだ会社で働いていたのですが、動悸、倦怠感、肩こり、眠気、不眠、胸の痛み・・・。
とにかく毎日「働きたくないなあ」と思いながら仕事に行ってました。

身体の異常には気づいていたので、
さっそく心療内科を受診し薬を服用していましたが、よくならず。ドクターストップ。

早い段階での治療が大事と聞きますが、僕は遅かったようですね。

12月から休職となりましたが、この月はまったく動けず。
とにかく毎日寝たきり。昼も夜も。一日15時間くらい寝ておりました。

このときはもうテレビとかも楽しめなければ笑うこともできないという状態でした。
なのでまったり系のアニメを流し見したり、ネイチャー番組を見たり、刺激の少ないリラックスできる方法を選択してきました。
漫画が好きだったのですが、当然買いにいけないので、Kindleばかり買っては読んでました。

この時期にしてきたこと・・・このくらいしかないですね。
気力がなく記録もしてなかったし、記憶もあまりありません。

極期は抗うつ剤を飲みながら安静にしていたら脱することが出来ると思うので、
脳への刺激を少なくして、とにかく焦らず、治療に専念することが第一だと思います。


本当につらいのが回復期

まったく動けなかった極期に比べて少しずつ活動できるようになったのが回復期です。

身体症状はまだあるものの、主治医のススメで1月からリワークに行き始めました。
1月は精神的には落ち着いてリワークを楽しむ余裕があったのですが、

2月になると徐々にその余裕もなくなり、身体症状の波もきて休みがちに。
動悸、胸痛、身体の痺れ、肩こり、頻脈、吐き気・・・

逆に身体は元気なのに、
やる気が出なくて、眠くて、仕事の夢をみたり、蜂に刺される夢を何度もみたり・・・。
毎日変な夢ばかり見るので、その都度、夢占いを検索してました。
※蜂に刺される夢は体調不良などを意味します。

「死にたい」と思うこともままあるようになりました。

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この頃からカウンセリングを受けるようになり、「もっと自己分析をしよう」と決めます。
体調が悪い日はやれることが少ないですし、自己啓発書を読みながら、自分のことをとにかくノートに書きこんでました。

いま思うとこのアウトプットすることは頭の中を整理することで効果があったのかもしれません。

やれることが限られるので、活動範囲も自宅と庭だけでしたが、
そのなかでも小さな発見を楽しみに毎日を過ごすようにしてました。

例えば、

・庭の植物観察
・庭の昆虫観察
・庭の土いじり(とにかく掘るだけなど)
・ジャガイモを植えて育てる
・コケリウム(苔でテラリウムをつくること)
・ネイチャー番組の鑑賞
・わんこと遊ぶ
・ベッドの近くにスピーカーをセットして音楽鑑賞会(モーツァルトとか)
・ルールも知らないスポーツ観戦
・ひたすらニュースを見る(NHKは刺激が少なくてイイです)
・バナナを食べながら毎日日光浴
・アルバムを読み返す
・絵を描く
・動けるときは公園、昆虫採集、川を探索

心掛けたことは、「作業療法」的な観点で集中力や脳の機能を回復させることです。
また、自然と触れ合うことでリラックスのα波を感じたり、自分を見つめ直したりする期間としました。

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もちろん、家族の理解があってこそできたことではありますが、
リワークを無理せず、休みたいときは休むというのが良かったのではないかと思います。

当時Twitterはやっておらず、普段の話し相手といえばわんこか虫か植物か・・・。
ただ元気なときは親しい友達にご飯に連れて行ったりとお世話になりました。

でも人間関係はうまくいかないことなどがありますから、
できれば熱中できるような趣味(というかリラックス法)をできるといいのかなと思います。


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良いメンタルクリニック(医師)に出会うのってけっこう大変ですよね。

うつ病を経験し、いまもクリニックに通っています。

中学校が不登校だったこともあり昔からクリニックに通っていました。ただ先生と喧嘩していつしかいかなくなり…

大学生のときに【PTSD】を治したくてクリニックを探し、一件いき合わず、知り合いに紹介してもらったクリニックで治療。(完治)

社会人になったあとも通っていたものの【適応障害】のときに怒鳴られて以来、断絶。見捨てられたと思い死のうと思ったくらいでした。

症状がひどくなってから社会人向けのクリニックを探していまのところに行き着きました。

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クリニックを探すときに大いに役立つのが「ドクターズファイル」です。

※現在関東版のみ

こちらのサイトの良いところは、医師の写真やインタビュー記事が載っていることです。
なぜか医療業界って医師の写真があまり公表されていないので貴重です。

人相からどのような人かイメージが付きますし、インタビュー記事がある場合にはどのような治療を心掛けているかわかります。

なので、まずはドクターズファイルに載っているメンタルクリニックから優先的に調べると良いです。

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メンタルクリニックの口コミは必ず確認するようにします。

Googleの口コミが結構投稿されていますのでこちらは確認してください。
また他のサイトでも調べているクリニックの口コミが投稿されていれば確認したいですね。

気を付けたいクリニックは以下のような口コミがあるところです。

受付スタッフ、看護師の対応が雑
→医師の監督責任です。接客に気を配っていないことから粗雑な診察の可能性があります!

・薬を大量に処方される
→利益優先の診察をしている可能性があります

・説教をされた、怒鳴られた
→医師自身が感情をコントロールできていない可能性があります。
 口コミから、熱意のある説教ではなく感情的なものだと思われる場合はやめておきましょう。

・話を聞いてくれない、すぐに診察を終えようとする
→患者一人一人を見ないところは正確な診断をしてもらえない可能性があります。

口コミを見る際には、自分がなにを重視しているのかを整理しながら読むといいと思います。

医師に話を聞いてもらいたいのか、適切な診断をしてもらいたいのか(当然か)
減薬を希望しているのか、リワークへの参加を希望しているのか・・・など。

クリニックによっては医師以外にもカウンセラーや精神保健福祉士、ケースワーカーなどの職業のかたが在籍している場合があります。
こういったことも確認事項ですね。


こちらの記事も参考にしてみてください。(外部サイト)↓
【心療内科の選び方】経験者が教えるハズレ医師で消耗しない方法 | No.2宣言




ざっと書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。
また何か思い出すことがあれば追記したいと思います。

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