今回、レビューするのはマイク・ケイヒル監督の『アナザープラネット』。

ラストの解釈が二択に分かれると絶賛されている作品です。2011年サンダンス映画祭で審査員特別賞。

■原題:ANOTHER EARTH
■2011/アメリカ 上映時間93分
■監督・脚本・撮影・編集:マイク・ケイヒル
■製作総指揮:ポール・メゼイ、タイラー・ブロディ
■脚本:ブリット・マーリング
■出演:ブリット・マーリング、ウィリアム・メイポーザー、ロビン・ロード・テイラー、マシュー=リー・アルルバフ




あらすじ



マサチューセッツ工科大学に合格した才色兼備のローダはある夜、未成年ながら飲酒をした上で自動車を運転してしまう。奇しくもその夜、夜空には“もうひとつの地球“が顔を出していた。その星に気を取られたローダは交通事故を起こしてしまう。

刑期を終え出所したローダはその贖罪のため、清掃会社に務め慎ましい生活を送っていた。

あることで被害者ジョンの現状を知り、いてもたってもいられなくなった彼女は謝罪のため被害者のもとを訪れたものの、真実を言い出せず清掃サービスの勧誘と偽ってしまう。

清掃のため、定期的にジョンのもとへ訪れるようになったローラはジョンと打ち解けいつしか愛し合ってしまうものの、真実を伝えられず…

現実から逃れたいローラは“もうひとつの地球”への宇宙旅行へ応募をするが、その星にはまったく同じ人間が存在していることを知りローラは贖罪へと一歩を踏み出す。
(あらすじオリジナル)



ネタバレ



贖罪をテーマとするこの作品。突然“もうひとつの地球”が空に現れるという古典的な設定を用いたSFサスペンスだ。主人公の選択いかん(の解釈)を観客に委ね最後まで楽しめる、非常に観客参加型の作品である。

(1)加害者と被害者という構図、そして愛し合ってしまうというアンビバレント。

真実が伝えられたとき、なにが起こるかというのは想像のできることである。奇跡はなかなか起こるものではない。

本作品でも、ローダからジョンへ真実が告げられたとき、ジョンのローダへの憤りは衝動を駆り立てた。

ジョンは怒りのあまりローダの首を絞め殺そうとするものの、その行為の過ちに気付き絶望する。行き場のない怒りである。


(2)かつてローダはジョンにある宇宙飛行士の話をしていた。

宇宙へ飛び立ったある日、制御盤の裏側からトントンと音が鳴っていることに気づいた男はだんだんと落ち着かなくなり、このままではノイローゼになるほどその音に悩まされていた。

残り数十日という途方のない飛行時間をどのように過ごしたらよいだろうかと頭を抱えた男は、その音を愛すことにしたのである。

するとその音は美しいメロディを奏で、男と宇宙飛行と共にした、というものである。

ローダとジョンもまた、同じ運命をたどっていた。憎しみと愛しみの間で揺れたのである。前後は逆であれど、愛してしまうことも可能であったのである。


(3)そんな折、“もうひとつの地球”への切符を手にしたローダ。

現実から逃れられる術を手に入れたローダは、“もうひとつの地球”への希望を摘み取れたのか?いやおそらく、「向こう」へ行ったとて悩み続けただろう。

そんなとき、TVニュースで流れたある仮説。

「第二の地球とわたしたちは、出会ったときから少しずつ変化しているはずだ」。

同じ人間がいろうとも少なくとも、“もうひとつの地球”と交信に成功した時点で事実は異なっているはずである。

では分岐のはじまりはいつなのか?

あの夜ではないか?事故を起こしたあの夜、“もうひとつの地球”は観測された。

そのことを知ったローダはある選択をする。

“もうひとつの地球”への切符をジョンに手渡すのだ。あの夜、事故が起きていないであろう可能性に賭けて、ジョンを“もうひとつの地球”へ送り出した。

ジョンを送り出し、帰宅したローダ。しかし異変に気づく。ガレージの前に立つ人物、そこには“もうひとつの地球”からきた“ローダ”がいた。


考察:ハッピーエンドなのか?バッドエンドなのか?真のエンドとは?



さて、ラストの解釈が問題である。

なぜ、“もうひとつの地球”からローダはやって来たのか?

ローダが切符を手にしたのは、現実から逃れたいがためであった。“もうひとつの地球”でもそうであるからこちらの地球にいた、と見るのが筋である。

しかし、注目したいのはローダの容姿。髪を整えきれいな服を着たローダははたして慎ましい生活を送ってきたローダであろうか?いやむしろマサチューセッツ工科大学に通い科学者となったローダに見えないか?

この点を見て、ハッピーエンドと解釈する人が多いようである。


しかし。しかしだ。仮にも宇宙飛行。第二の人生を歩むために“もうひとつの地球”に行こうとしたローダである。おしゃれするのは当然ではなかろうか。

こう読むとまたバッドエンドである。

ではいったいなんのために、彼女はローダに会いにやってきたのだろうか?バットエンドであれば、わざわざ会いに来る必要はないではないか。街に紛ればよいものをわざわざ会いに来るだらうか?



ここで思い出してほしい。ローダが出所してすぐのことだ。

仮面を被った男を見なかっただろうか?

あの男はなぜ仮面を被っていたか。同じ人物がこの世に存在したからである。(そしておそらくあれはジョンである)

“もうひとつの地球”からやってきた人間は一人ではないのだ。つまり、政治的な裏がないとするなら、科学は“もうひとつの地球”のほうが進んでいるということだ。

その差は極差なのかそうでないのかはわからないが、年単位であるのは確かだろう。

そして、ローダがジョンの家から去ろうとするシーンでは、すれ違い様に車がジョンの家へ横付けする。

これはいったい誰なのだろうか?ジョンと親しい人物がいたであろうか?あの車に見覚えはなかろうか。

“ローダ”である。

しかも、ジョンを知るローダである。

そう、事故は起こっていたのではないか?

そして、“もうひとつの地球”でもジョンとローダは男女の仲であった。

そして、先述したネタバレ(2)の伏線から読み取るに、もうひとつの地球で起きたことは

ローダは事故を起こした。→ジョンへ謝罪しに行くが男女の仲に。→真実を告げるとジョンはそれを受け入れた。→(こちらの)地球への切符を手にいれる。→ローダを助けに(こちらの)地球へ。→ジョンの家へ確認しに行く。→(こちらの地球の)ローダ宅への取材などが収まったことをみて(こちらの地球の)ローダにあいにいく。

つまり、ジョンにとってはバッドエンドである。しかし、“もうひとつの地球”のジョンは救われているのである。


まとめ




本作品はいくつも伏線が張られており、最後の解釈が観客に委ねられていることによって自身でこの伏線を回収していくというのが非常に面白い。

人によって解釈は異なれど、参考になればと思う。

 
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