うつ病克服体験・寛解できた要因

うつ病の克服体験 うつ病の克服

私は社会人2年目の23歳のとき、うつ病と診断されました。

25歳の時に寛解し、社会復帰を果たしました。

うつ病をはじめとした精神疾患では、完治という言葉を使わず「寛解(かんかい)」という言葉を使います。

寛解とは、病気の症状が一時的に緩和された状態のことで、再発しないように注意する期間です。

うつ病は再発率が非常に高いことで知られていますが、再発しないためには無理をしないことが重要で、病気とうまく付き合っていくことが求められています。

寛解できた要因

うつ病と診断されて会社は休職しましたが、休職して半年、なかなか良くならず、治療に専念することを理由に退職しました。

それから1年半ほどで社会復帰することができました。


寛解できたいまでは、気分が落ち込むことはあまりありません。


しかし、無理をしたり強いストレスがかかったりすると、肩こり・動悸・頻脈・頭痛などの症状を覚えることがあります。
(症状が出たとき、そのまま放置すれば悪化という事になりかねません)

寛解できた要因としては、大きく分けて以下の3つだと思います。


1.治療の計画を立て、焦らず治療に専念できたこと
2.計画の各段階で協力者がいたこと(つくったこと)
3.家族の理解があり、家庭内でのストレスが小さかったこと

治療の計画を立て、焦らず治療に専念できたこと


会社を退職するとき、とにかく不安でした。「自分のキャリアはどうなるのか?」「もう一生働けないんじゃないか」「落ちぶれてしまった」…。

でも、自分の中で「〇年後には社会復帰していたい、だからいまはしっかり休もう」という気持ちがありました。この「〇年後には社会復帰する」という思いが、「休む」という気持ちを割り切りさせてくれたように思っています。

社会から離れて(無職になって)、何もせずに休むというのはやはり罪悪感や劣等感を抱くものです。
でも、それを抱いていては治療の妨げになるほかないと思っていました。
自分を納得させる理由を見つけられたのかもしれません。

じゃあ、「〇年後に社会復帰する」ためにはいま何をするべきなのか?これを逆算して計画をつくったのが治療のはじまりでした。

作成した計画は、各プロセスのみを記載して、それぞれに期限は設けませんでした。

関連記事:うつ病治療の不安を解消するための個人計画【体験談】

まずは休養すること、これに重きを置きました。

では休養とは何なのでしょうか。私の定義は「身体を休め、自分と向き合うこと」でした。

休養では身体を休めることを最優先としましたが、いくら寝込んでも、そもそもほかの病気にかかっていては治るものも治りません。うつ病の治療にも影響が出ると思いました。

そこで身体のメンテナンスとして、健康診断や胃カメラ・大腸カメラ、思い当たる異常をもとに病院巡りなどをしていました。

しらみつぶしをしていたのかもしれませんが、結果として身体にかかっていた(物理的・化学的)ストレスを見つけることが出来たので、うつ病の治療に影響したと思っています。

顕在的・潜在的にあった病気や症状を緩和したことで、真の意味で休めたのではないかと思います。

そしてそれだけではなく、心理的ストレスの源となっている自分自身の考え方や認知の癖を振り返ることもしました。

この時期はうつ病でひどく疲労が蓄積している時期でしたから、日常生活の活動という活動はなかなかできません。できることと言えば「考えること」だったんです。

そこで自分を振り返り、また、カウンセリングを受けたりすることで自己探求をしていきました。

この段階を経たことで、以前よりも完璧主義傾向が緩和したという件さ結果も出ました。


次に肉体改造、脳トレとして労働に耐えうる基礎的な能力を見直していきました。

当時は体型的にガリガリだったので、そもそも体力がなく労働が強いストレスになっているという懸念がありました。そこで筋トレをしたり、運動をしたりすることで基礎体力をつけていきました。


また、体質的に自律神経の乱れやすい傾向があったので(過去にPTSD、適応障害などを患いました)、体質改善として整体で理学療法や鍼治療を同時に行っていました。


脳トレでは、業務を遂行できるように休養によって鈍った脳を活性化させることを目的としていました。
実際にキャリアのことを考えて、資格の取得・勉強をすることでより業務遂行への準備とすることが出来ました。



そして労働訓練です。ここでは実際の労働負荷に対してどのように身体をコントロールしていくか、練習の場でありました。

実際にはコンビニのアルバイトで週3日一日3時間という短時間労働を通して、身体を慣らしていきました。

この短い労働でも、動悸や頻脈を起こしていたので、うつ病は本当に侮れない病気だなと感じるところでした。


このように各段階でそれぞれの目標を立て、ゴールに向けてひたむきに歩むことで「働いてない」ことへの罪悪感や劣等感、「早く社会復帰しなきゃ」という焦りと闘っていました。

「いまはこの段階にいるんだ、次は〇〇の段階だ」と現在地を把握できるので、焦ることなく、治療を着実に進めていることを噛みしめていました。

計画の各段階で協力者がいたこと(つくったこと)

計画の各段階(休養、肉体改造、脳トレ、労働訓練)では、それぞれ協力者をつくっていました。

協力者というと聞こえはいいのですが、それぞれに合わせて「サービスを受けていた」というほうが現実的な言い方かもしれません。

協力者がいることで専門的なアドバイスを受けられますし、「二人三脚で治療をしている、一人じゃないんだ」と思うことが出来ました。

休養では、病院のリワークプログラムに参加している時期がありました。
そこでは、コミュニケーション能力の向上や認知行動療法、メンタルヘルスの知識を講義を通して学んでいたのですが、サポートとして精神保健福祉士さんのカウンセリングを受けることが出来ました。

このカウンセリングを通して、自己探求をし、自分の考えかたや認知の癖を治していました。

また、リワークプログラムでサポートにあたる看護師さんにもお世話になりました。
自分がどのように治療をしていこうか考えていることをお話したところ、いろいろなアドバイスを受けることが出来たので、とても参考になりました。

肉体改造では、最初のうちは一人で市営のジムなどに通っていましたが、より効果を得たいとフィットネスジムに登録しました。

フィットネスジムで入会手続きに行ったのですが、そこでメンタルヘルスにも精通しているトレーナーさんと出会うことができ、その方をパーソナルトレーナーとして筋トレだけでなくさまざまなアドバイスを受けることが出来ました。

パーソナルトレーナーさんには筋トレと柔軟ストレッチを指導して頂いていました。
それ以外に自分が作成している資料を見てもらったり、「このような考え方をしている」といった自己と振り返る機会もいただいていました。

その方はうつ病経験者であったので、身近に成功体験を聞いていて、「自分が治る」というイメージが持てました。

脳トレ・労働訓練の段階になると、実際にどのような就職活動(第二新卒でしたので転職活動)をするか、キャリアをどうしていくかを考えることになります。

その取っ掛かりとして転職活動フェスのイベントに参加したのですが、そこでは中小規模の転職エージェントも参加していました。

運営スタッフの方に事情を伝えて紹介された方が、以前うつ病になりかけて転職を経験し現在はキャリアカウンセラーを務めている方でした。

キャリアカウンセラーさんとは、実際にどのような転職活動をするか、うつ病をどのように企業へ説明していくかを話し合いました。このキャリアカウンセラーさんとは、準備期間を含めて10か月ほどはお世話になりました。

転職活動になるとやはり「早く内定が欲しい」「早く就職しなきゃ」と焦りが出てしまうのですが、そこをキャリアカウンセラーさんが諫めてくださました。結果として内定を4社いただくことができ、満足のいく転職活動ができました。


まとめると、以下のような協力者がいました。

休養: 主治医、精神保健福祉士さん、看護師さん
肉体改造     : パーソナルトレーナーさん
脳トレ・労働訓練 : キャリアカウンセラーさん


本当にお世話になりました。ありがとうございました。

このように振り返っていると、協力者は誰でも良いわけではありません。

協力者のなかには友人だったり、家族だったりが含まれるのかなとも思ったのですが、専門的な知識を持ち、うつ病に面と向かって取り組んでくれた方が治療には一番支えになったように思います。

後述のようにもちろん家族の存在は大きいのですが、かといって、家族にうつ病の話をしても、理解は得られても適切な回答を得られるとは限りません。

その場その場に応じたサービスを受けて、良き協力者に出会えたことが私の治療には大きく影響したと思います。

家族の理解があり、家庭内でのストレスが小さかったこと

会社を退職するとき、家族には「〇年後には社会復帰するから、うつ病の治療に専念したい」と宣言していました。

うつ病の治療をしているとき、うちの家族は「早く働け」や「怠けてないで何かしなさい」など小言を言うことが本当にありませんでした。

うつ病を理解している、というよりは、私自身のことを信頼してくれていたのかもしれません。

過去には父親と大喧嘩をして家出で一人暮らしを始めたこともありましたが、うつ病を患った当時は父親との仲も改善されており、小言を言われることがありませんでした。

もし、父親との関係が以前のままだったなら、家庭内に自分の居場所はなく、うつ病に苦しみながらも家族との軋轢に疲弊していたのかもしれません。

精神疾患を患っているかたで「毒親がいる」「両親に理解されない」などというかたを見かけることがありますが、家庭環境がそのようなストレスのかかる環境であったなら、それは確かに治療には悪影響を与えているだろうと感じます。

とはいえ、うつ病を抱えながら一人暮らしをするというのはとても大変なこと。

せめて前述のように、外部に理解・サポートしてくれるような協力者がいれば多少は心の持ちようが違うのかもしれません。

また、治療についてどのように思っているのか、見通しはどのようであるのか、少しでも理解してもらえるように努力することも大事だとは思いますが、ここまですることはうつ病の患者としてキャパシティを超えることだと私は思います。

まとめ


以上、見てきたように、寛解できた要因としては、大きく分けて以下の3つです。


1.治療の計画を立て、焦らず治療に専念できたこと
2.計画の各段階で協力者がいたこと(つくったこと)
3.家族の理解があり、家庭内でのストレスが小さかったこと


すべてがマネできるわけではないかもしれませんが、少しでも参考になれば幸いです。
ボクノートでは、うつ病を克服するために工夫してきたことや、うつ病と転職について、うつ病の本を読んだ感想などをまとめています。

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